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福岡西方沖地震の初動調査−自治会や住民を主体とした仮設への転居−

福岡西方沖地震の初動調査−自治会や住民を主体とした仮設への転居−
 

 2005年3月20日午前10時53分福岡西方沖でマグニチュード7.0の地震が発生し、福岡市中央区などで震度6弱が観測された。この地震では、ビルからのガラスの崩落が大々的に報道された。震源地に近く、最も被害の大きかった玄界島の島民は福岡市に避難をし、4月25日から仮説住宅への入居が始まっていた。

  地震発生から約1ヵ月半後の5月11日(水)に、福岡市内の「かもめ仮設住宅」地域を訪問した。そこには、玄界島で被災をした高齢者や子どものいる100世帯が住んでいた。従来から、島の中で学校や保育所が終わっても夕方まで遊ぶという生活をしており、ここの仮設には敷地内に保育所も建設されていた。博多湾に面して建設された「かもめ仮設」は、漁師の方にとっては、海が近くにあり、自分の船で行き来ができることと岸壁から釣り糸を垂らすことも可能ということで精神的に安定感が得られていた。

 また、阪神・淡路大震災時には高齢者等を優先的に入居させてかえって偏った仮設地区ができたことがその後の復興過程で非常に困難であったことや、全村避難をした新潟県中越地震の山古志村のケースもあり、入居については、自治会や住民に主導をとってもらうようにした。具体的には、福岡市は、かもめ仮設と玄界島仮設の見取り図をはじめから渡し、誰がどの棟に入居するのか、隣は誰になるのかなどについて決めてもらった。家族構成員の多い家族や少ない家族がいるので、それらを全て自分たちで割り振りをしてもらっていた。数に限りがあるので多少は希望が通らなかったことの不満は聞かれたが、ほとんど問題にはなっていない。この仮設住宅では、もともとの隣保関係がそのままに近い形で住みあっているということであった。このことは、日頃から声を掛けあいながら生活をしてきた住民同士の絆(共同体意識)が崩されることなく、仮設住宅でも暮らすことができることにつながった。この仮設でも、皆がお互いに気にかけながら生活をされていた。

 このような配慮をした結果、仮設住宅に入居したことで、地震後に血圧上昇ぎみであった人が、平常値に下がった人もあり、健康状態は比較的良いということであった。更に、玄界島では診療所しかなかったが、高齢者の中には、福岡市に来たら医療機関の利用も便利になり、ショッピング等も楽しめると社会との交流も進んで行われていた。被災地域のコミュニティや住民一人ひとりを尊重した災害後の支援のあり方ではないかと思う。

  この他にも、島には信号がないために、子どもたちが学校に通うのに交通安全教室を実施し、実際の学校への登下校は島の教員が引率をするなどの細やかな配慮もされていた。

 
写真1
かもめ仮設内の保育所である。この仮設は、もともとは市民向けの港公園で、岸壁に近く釣りもできる。島からは自分の船で乗りつけられる場所であり、漁業の町であった島民からは好評の場所であった。
  写真2
被害の大きかった地域(福岡市西区西浦地区)では、瓦葺の屋根にブルーシートがかかった家が目立ち、あちこちで修理を行っていた。

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